帝國教育會の請願書(四の8)

  明治三十三年一月二十六日、帝國教育會會長辻新次は、會を代表して「國字國語國文ノ改良ニ關スル請願書」を、内閣・文部省・各省大臣・貴衆兩院議長へ提出した。それは「國字國語國文ヲ改良シ、及ビ之ヲ實行セン爲ニ、政府ニ於テ速ニ其ノ方法ノ調査ニ著手セラルベキコト」を希望したもので、その理由として、國字國語國文が複雜難澁であることを擧げ、次いで

* 歐人某曾て語て曰く、日本の言文は實に全世界に於て最も困難なるものなり、予が此の言文の學習を中途にして廢止せんとせしこと實に十餘度に及びたりきと、又米人某曾て其の郷人に報して曰く、日本の學生は語學に於て實に世界無比の重荷を負ふ、彼等は自國語、自國文に熟達すべき外に、漢語漢文に熟達せざるべからず、而して又更に英語、英文、獨語、獨文、佛語、佛文の何れか一に熟達せざるべからざるなり、斯く云ひたるのみにては尚未だ其の状を推知し得られざるべし、彼等の熟達せざるべからざる漢語漢文は、其の困難の度に於て實に歐米人が歐米の異國語五種を學習せんに匹儔するなりと、

と、歐人某と米人某の言を紹介してゐるが、外國人の日本語についての意見とか、歐米における綴字の改良等を、參考にすることは一向に差支ないが、それを重視し過ぎる傾向があるのは甚だ遺憾なことである。この「請願書」は兩院で採擇され、兩院より政府へ建議されることになつた。

 


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