『國語改良異見』   (四の14)

  明治三十三年五月、自治館編輯局編纂『國語改良異見』が刊行された。本書は、「數十年來數十家に試みられし異見の十人十色なれば、仔細に吟味なすにあらねば、その要領を窺ひがたし、しかも世にこれを通覽すべき書なきを以て之を憾みとし、一部の書册を編纂しこれが用に供さば考究の便なるべきを思ひ」と「本書を編纂せし大意」にある如く、六十數名の意見を收めたものである。以下その一端を紹介する。

  松島剛は「第一羅馬字は文字を製作する事が出來、且外字を輸入するに至極便利で御坐います」と述べ、加部巖夫は「一般の社會に向ひて今遽に之を制限せんとすれば、或は角を矯めんとして牛を殺すものには非ざるか」「國字改良を議會に提出せらるゝは方角違なること」と述べ、中村秋香は、漢字は「一目瞭然何の造作もなく知れる便宜が」あり調法なる故、むしろ西洋がこれを眞似たらよいと述べ、岡本監輔は「一體に字を習ひ文を學びて、六ケしいからといふのならば、むしろ何もやらぬがよい」と述べ、三並良は「吾輩は常に西洋の術語は之を飜譯せずに其儘用ひたらば、よからうと思つて居るから、此の上から言つても羅馬字を用ひた方が大に便利である」と述べ、杉浦重剛は「少數の人が集つて、かうしやうあゝしやうときめて出來るものではない」と力を以て改良することに反對し、平井正俊は「私は假名の會以來隨分熱心に假字軍の驥尾に附て少なからぬ金員等をも費し、新聞を發行し雜誌を刊行し、書籍を編纂し、種々實行に勉めて見ましたが、假字は遺憾ながら國字とするの資格に乏しいと斷定しました」「幾年間讀み慣らしても矢張り元の通り幾分か讀み惡い」と經驗を語り、ウ列に「u、k、s」のやうに父字だけを用ゐ、イ列の「きしちにひみり」に「qcxjfvl」を用ゐることを主張してゐる。また小西信八は、中學に於て「漢字を今の英語のやうな格で學ばせ」ることを主張し、「ねたましい   までに   うらやましい」と西洋の物質文明への憧憬を披瀝し、内藤耻叟は「ナーニおれの羅馬會へはいつたのは、こちらのものを皆やめて仕舞つて羅馬字にしやうといふのではない、覺えておいて損はないからはいつたのだ」と述べ、大槻修二は「假名ばかりではわけがわからない、漢字は廢すべからずである」と述べ、塚越芳太郎は、漢字は「之を改むるか、少なくも之を節減するだけは、早晩免れぬことゝ思ふ」「吾輩は寧ろ速記文字を主張する」と述べ、内田貢は、假名・ローマ字いづれでもよいとしながら「漢字排斥論者が難澁の文字として例に出すものは日常通用以外の文字で我々が知らなくても少しも差支へない」ものだと述べ、高楠順次郎はローマ字論者の立場から「羅馬字會だの假名の會で雜誌などを拵へて世の中にその便利を示さうとしたのはとんだ間違である、中々便利を知るどころではない却つて不便だといふ批評を招いた」「これを實行するには命令でする外ない」と述べ、先づ教科書の一部をローマ字にせよと主張してゐる。また巖谷季雄は「言文一致、漢字節減と共に振假名をすべてつけるのは便宜であらう」「寧ろ羅馬字會流の假名づかひを讀みて同音異義の解に苦むよりは、假名づかひを習ふ方が早いだらうと思ふ」と述べ、金子堅太郎は「綴らねば語をなさず、全體をよまざれば解しがたく、全體をよみても同音異義のまぎらはしきは解しがたき」假名・ローマ字に反對し、外人ロイドは「海軍大學校などで私は和英飜譯を課して居ますが、和文はローマ字でかいて示すと先生、字を見せて下さい、羅馬字ではわからぬといひますのが多い」と述べてゐる。

 

 

 

 


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