ゲルストベルガーの新字   (四の19)

   三十三年十月、藤岡勝二は『教育公報』に「オスカル・ゲルストベルガー氏發明日本新國字」を發表し、ゲルストベルガーの新字の紹介と解説を行つてゐる。それによると「日本在來の平假名を分解してこれを單音組織にしよーといふ」ことで、先づ「す」の上の方を採つて「s」とし、下の方を「u」とし、同樣に「て」から「t」と「e」を、「ん」から「ん」を、「ま」の下の方から「a」をそれぞれ採つてゐる。それ以外の「i、o、h、k、m、y、r、w」などは直接日本の平假名とは關係ないやうである。なほ多少音の性質などを考慮して、それ等を組合せた五十音圖を作つてゐる。一例を擧げると、「aiueo」を「(圖1參照)」、「kt」を「(圖2)」としたため、カ行とタ行はそれを組合せた「(圖3)」「(圖4)」となるわけである。なほ、濁點には點を右肩に一つ打ち、半濁音には今迄通り右肩に丸を付け、長音は文字の下に横線を引き、促音は子音が二つ列んだものと考へ、字の上に横線を引いて表してゐる。

   藤岡はこの新字の長所として「合音的なる(シラビック)日本假字の缺點を補はうとせられたこと」「日本假字を分解せられたこと」「日本在來の假字の形に從はうと勸められたこと」の三點を擧げてゐるが、日本語は元來母音と子音とに分解する必要なく、「カ」にしても「コ」にしても二音の合したものとは意識されてゐない。學問的に分解すれば「kとa」「kとo」とに分解できるといふに過ぎず、その組合せも極めて單純で、歐米におけるやうに、例へばsの後に母音は勿論のこと「cfhklmんpqtw」などの子音がくることはないので、その組合せの一つ一つに一字づつを當てても五十字そこそこで濟むわけである。歐米では分解する必要があるが、日本ではその必要が全くないのである。


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