文部省普通學務局『漢字整理案』 (五の8)

  文部省普通學務局は、大正八年十二月『漢字整理案』を發表した。その「漢字整理案の説明」によると、「尋常小學校で用ひて居る第一種、第二種の讀本及び書き方手本・修身書拉に歴史・地理・理科・算術等の各教科書に於ける漢字二千六百餘字に就いて整理したもの」であり,この整理案作成の理由は「今我が國で慣用されて居る漢字の字形には、統一を缺いて居るものがあり、或は時代に變遷もあつて、その標準の一定しない場合が多い。これが爲め人々が其の據るところを知るのに苦しんで居る」といふことであり、整理の方針は「簡便を主とし、慣用を重んじ、統一を旨とし、活字體と手書體との一致を圖る」ことであり、整理上の要目として擧げられてゐるものは「一、字畫の簡易なものを採ること」「二、運筆の便利なものに從ふこと」「三、字形の釣合を整へること」「四.小異の合同を圖ること」の四項である。その内容を細目別に紹介すると、先づ「一、縦線を跳ねたもの」は「 」を「 」に、「二、縦線を縮めたもの」は「 」を「 」に、「三、縦線を伸したもの」は「 」を「 」に、「四、横線を縮めたもの」は「 」を「 」に、「五、畫數を減じたもの」は「 」を「 」に、「六、寄敷を増したもの」は「 」を「 」に、「七、運筆を變へたもの」は「 」を「 」に、「八、配合を變へたもの」は「 」を「 」に、「九、統一を圖つたもの」は「 」を「 」に、「十、併合を行ったもの」は「 」を「 」に、「十一、二體以上の一を採ったもの」は「 」を「 」に、「十二、字音に從つて形を改めたもの」は「 」を「 」に.といふやうなものである。
  このやうな案を發表することによつて、字體の整理統一が可能だと考へるのは早計である。現にここに擧げた字などは、未だに決着せず、二様の字體が使用されてゐる。簡便を旨として小細工を弄してみても、新たな負擔が加はるだけで却つて混亂を助長することになる。活字體を妄に改めることは、ある意味で過去の文字文化を抛棄することである。


閉ぢる