岡田文相の答辯 (五の19)

  かうした激しい輿論の反對を受けると共に、帝国議會においても問題となり、
十四年二月三日衆議院議員の松山常次郎が岡田文部大臣に質問を行ひ、岡田はつひに實施する意思のないことを明言するに至つた。先づ松山の「之ヲ國民ニ使用ヲ強ユルト云フ御考ヲ持ツテ居ラレルノデアルカ其コトヲ第一ニ御尋シタイト思ヒマス」といふ質問に對し、岡田は「此委員會ノ報告ヲ直ニ教科書ニ採用スルトカ、或ハ文部省ノ公文書ニ採用スルト云フコトハセヌ積りデアリマス」と答へ、また松山の再度の質問に答へて

* 是デ國民が萬々差支ヘナイ、是ハ至極結構デアルト云フコトニナツテ、國民が皆其新シイ方法ヲ實行スルヤウニナツテ行キマシタナラバ、文部省トシテハ其時初メテ之ヲ教科書等ニ採用スルコトヲ考ヘルベキ時機デアラウト思ヒマス   今中々其處マデニハ達シテ居ラヌヤウナ譯デアリマス、

と述べてゐる。かくして假名遣改定案は單に「案」として止まり、それを實際に實行したのは、幹事である保科孝一ただ一人といふやうな有様であつた。


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