與謝野寛の反對論と東京日日新聞の社説 (六−12)

   與謝野寛は、十月二日から四回に亙り東京朝日新聞に「發音式假名遣の非」を發表、先づ發音式假名遣は藝術及び傳統精神を無視した「甚だしく改惡的のもの」で

* 折角現行の假名遣で文章の記字法が統一されてゐるのに、それをにはかに非科學的な假名遣に改めようとすれば、二つの假名遣が併存する事となり、幾多の不便を生じて書き方の混亂はやがて國語を混亂せしめ、引いて未來の國民に古今の文章をも完全に味解し難く、自己の文章の記字法をも秩序の無いものたらしむるに到らないであらうか。

と述べ、「目前の便利と見えるものは決して實際には便利でない」こと、國語假名遣は決して習得に困難でないことを指摘し、「この案が諸先生の愼重な御考慮によつて否決せられる事を望む者である」と結んでゐる。

   また六年十月十八日、東京日日新聞は社説において「新假名遣の實施」と題して、先づこれはわが國民教育のみならず、わが文化上の大問題として考慮せねばならぬことがらである」とし、改定すること自體に反對するわけではないが、「これを即刻使用することについては、なほ一考せねばならならぬ。けだし十分練れたものでないからである」と述べ、以下具體的に改定案の不備不統一たる所以を説明し、更に「往年文部省は國語に長音符を使用することを決定實行し、幾程もなくこれを廢して、わが國語を紊亂した」と述べ、「徒らに事功を急いで悔をのこすのは愚である」と結んでゐる。

  更にr松尾捨治郎が起草者となつて「該案は學理上より言へば杜撰にして教育上より言へば弊害尠からざる者と認められ憂慮に堪へず因て此を否決せられむことを切望し茲に謹んで建白す」といふ趣旨の建白書を、十月二十四日文政審議會總裁若槻禮次郎に提出してゐる。この建白書に署名した者は主として大學の教授で、總計百七十五名にも達した。その中に、勝俣詮吉郎、折口信夫、小宮豊隆、土井光知、太田正雄、久松潛一、金澤庄三郎、松本洪、土屋文明、小林好日、天野貞祐、和辻哲郎などの名前も見られる。

 


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