中原東吉の國字改良論と「標準ローマ字會」の設 (六−29)

 昭和十二年十一月、中原東吉の『國字改良論』が刊行された。本書の第一篇は大正三年十一月、内閣總理大臣及び文部大臣等に提出した「新體字文字制定意見書」を收録したものであり、第二篇は、同意見書は「もとより改良策の採用を建白する趣旨であつたから」「改良事業そのものゝ本質、沿革等には少しも觸れてゐない」ので、それを補ふ意味で後に加筆したものである。中原の主張は、「現今にては羅馬字を以て最も便なりとす」と、つまるところローマ字説なのであるが、「去りとて外國文字を使ふことは厭なりとの感情は尤もの事にして、國民の貴重なる感膚なり」「之れ羅馬字ひろめ會の諸先生に分かれて別途を採らんとする所以なり」としてローマ字を「丸取りに有難がりて頂くにあらず、我國民に適するや否やを判斷し、ふ適當なものには相當の加工を施」して「新體文字を制定し現社會に強制せんと欲するなり」といふわけである。


  また昭和十三年四月にヘボン式ローマ字論者によつて「標準ローマ字會」が設立され、理事長に門野重九郎、嘉納治五郎、阪谷芳郎、櫻井錠二が就任し、財團法人の許可を受け「本財團と同じ目的を持つてローマ字普及の運動をす團體の經營を補助することに依つてその目的を達する事を原則とする」として「日本語を最も眞實に近く世界中の人が讀み得る樣なローマ字で書き表はし日本語を世界中に廣めること」といふやうな目的を掲げて活動を開始した。

 


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