國語審議會の改組と「國語問題要領(その七の19)

  昭和二十四年三月十二日に開かれた第十五囘國語審議會總會において、「中國の地名・人名の書き方に關する件」「國語審議會の組織・運營の刷新に關する件」が議題となり、各々主査委員會を組織して檢討を重ね、七月三十日の第十七囘總會において一應の結論に達し、八月一日、現代の中國標準音によつて假名書きする「中國地名・人名の書き方の表」を文部大臣に提出する一方、十一月十日に改組後の第一囘國語審議會總會を開き、會長に土岐善麿、副會長に宮澤俊義を選出してゐる。昭和二十四年七月五日に公布された國語審議會令の第一條には「左に掲げる事項を調査審議し、及びこれらに關し必要と認める事項を文部大臣及び關係各大臣に建議する」とあり、「國語の改善に關する事項」「國語の教育の振興に關する事項」の二項が擧げられてをり、審議機關から建議機關に改められてゐる。またローマ字調査審議會が廢止され、國語審議會がその仕事を繼承することになつたため、翌二十五年四月に、右二項の外に「ローマ字に關する事項」といふ一項が附加された。

  改組後の國語審議會は、二十五年六月十二日の第七囘總會まで、審議の重點を國語問題要領の作成に置き、六月十三日いはゆる「國語問題白書」を發表した。その起草に當つたのは、中島健藏、時枝誠記、原富男であつた。その内容は、「およそ言語は、歴史の裏づけをもった社會慣習であるから、法令などによって拘束したからといって、ただちに改善できるものではない」が、「國語の現状に照して將來を見とおし、その改善に積極的な努力を試みることはきわめて必要である」とし、「議決の結果は、その實施を政府に建議するばかりでなく、廣く世論に訴え、一般社會の協力による文化運動として強く推進してゆかなければならない」といふやうな概論的なものである。

 


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