石井の『私の漢字教室』(7‐45)

同三十六年七月、石井勳の『私の漢字教室』が刊行された。本書はその副題に「石井學級の實驗報告」とある通り、石井獨自の新しい漢字教育法による三囘に亙る詳細な實驗報告と新方式の提案及び國語國字問題に對する意見との三部から成つてゐる。石井は、世間一般が漢字で表記することを本則としてゐる言葉は、最初から漢字で表記して提出するといふ原則を立て、その原則に從つて漢字教育を實施し、文部省の指導要領に規定されている「一年間に約三十字の漢字が讀める」といふ目標を遙かに超え、小學校入學後僅か一ケ年間に平均二百字以上の漢字を習得させることに成功してゐる。またこの實驗により「(1)漢字はかなよりも一年生に親しまれやすく記憶しやすい。(2)漢字は早く提出するほど、反復練習する機會が多く設けられて、習得しやすくなる。(3)漢字は、ある程度數多くの漢字を提出した方が、相互に關聯ができて記憶しやすくなる」といふ三つの命題が美事に實證されてをり、從來の漢字はむづかしいといふ觀念はここに一掃されねばならぬわけである。

右の結果から考へても、昭和三十一年一月に文部省調査普及局内の漢字學習指導研究會において決定された「教育漢字學年別配當表」の有害無益であることが解る。しかも、當然提出順序は「言」「賣」「讀」の順であるべきなのに、同配當表によると、「讀」が二年、「賣」が三年「言」が四年といふ風に全く逆のものもある。この配當表ばかりでなく、當用漢字表、同音訓表、教育漢字表等も、兒童に漢字を澤山習得させたくないのでなければ、根本から檢討し直すべきであり、石井の「初めはかな書きで學習させ、それに習熟させた後に、漢字書きに移る、という今までのやり方は、絶對に止めなければいけない」「社會科用語は社會科で、理・數科用語は、理・數科で提出し、指導すべきである」といふ提言を眞劍に採上げるべきである。なほ、漢字教育の問題を扱つた書物に、三十一年十一月に刊行された鬼頭有一の『漢字の教育學』がある。本書は、漢字をいかに教へるかといふ問題に關心を有する者にとつては一讀の要のあるものである。




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