鈴木孝夫の言語觀(八の25)

昭和四十八年五月、鈴木孝夫の『言葉と文化』が出版された。明治以來、日本語の改革を目指してきた表音主義者に缺けてゐたのは「ことばというものが、いかに文化であり、また文化としてのことばが、ことば以外の文化といかに關係しているか」についての認識であり、考察であつたのではないか、と鈴木は言ふ。遲ればせながら本書が世に出たことは、戰後の安易な國語改革への反省と今後の在り方に對して多くの示唆を與へてくれよう。
鈴木の言語觀は「・もの・という存在が先ずあって、それにあたかもレッテルを貼るような具合に、ことばが付けられるのではなく、ことばが逆にものをあらしめているという見方」「また言語が違えば、・同一のもの・が、異った名で呼ばれるといわれるが、名稱の違いは、單なるレッテルの相違にすぎないのではなく、異った名稱は、程度の差こそあれ、かなりちがった・もの・を、私たちに提示していると考えるべきだ」といふ指摘に端的に現れてをり、かういふ言語觀が一般的になれば、言語や文字を改革しようといふやうな思ひ上りは自然に消滅するに違ひない。


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