『日本語は國際語になるか』(9‐2)

 平成元年七月、日本未來學會(會長・林雄二郎)編の『日本語は國際語になるか』が出版された。第一部は「日本語國際化への障害」と題した鈴木孝夫の講演、第二部は「日本語が國際語になるには」と題したアントニオ・アルフォンソの講演、第三部は「日本語の未來」と題したシンポジウムの記録である。鈴木は、世界で六番目の大言語でありながら、日本語に劣等感を抱いてゐる日本人の「他律型文明から自律型文明への日本人の精神構造」の變革が必要だと説き、アントニオは「日本語が優れた文化の擔い手であることは疑う餘地」はなく、「自然の美しさ、傳統工藝、そして最近の技術的、經濟的な力」の三つのイメージを築いた國民性について述べた後、日本語教育の最大の教師は日本人とは限らない、日本語を簡約なものに變へるとは別の意味において「目標を達成した喜びを學生たちに味わわせるために、日本語教育には學生に達成感を與えるような、細く段階別になったものが必要だと思います」と傾聽すべき意見を述べてゐる。
 
 シンポジウムは右二人と林雄二郎、加藤秀俊、川喜田二郎、猪瀬博、川添登の七名で行はれたが、これはと思ふ發言を左に紹介する。
 
 加藤 世界中での日本語學習者の數が非常に増えて來て、四〇〇萬というような數字も出ているわけです。------日本を學ぶという實務的な面を維持しながら日本の文化理解を深め、良質の日本語を理解する人たちを世界に増やしていくということが、非常に大切なのではないかと私は思っております。
 
 川喜田 エスペラント語なら學習がはなはだたやすいし、どの國の人も對等の意識で使えるのです。
 
 加藤 ワープロのおかげで日本語がいかに惡くなって、難解極まるものになったかということを力説しておきたいのです。------漢字がやたらに増えたのです。------音讀みの感じに限つてのみ變換できるようにすべきだと思います。
 
 川喜田 日本語が世界化するのに對して非常に期待するのは、この機會に日本語全體をやさしく統一してほしいということです。------全部英語でやって、いちいち漢字に直さないことです。
 
 鈴木 全國民が分かる、子どもでも分かるような明快な日本語をつくろうという方向だとすると、私はどうも反對で、福田恆存先生もしょっちゅうおっしゃっているように、バカには分からない言葉がたくさんあっていいと思んです。
 
 猪瀬 あまり神經質にならないで、ブロークン・ジャパニーズというのを寛容に認める氣持ち、これも必要なのではないかと思うわけです。
 
 なほ、日本未來學會の創立二十周年を記念して懸賞論文を募集したところ五百人の應募があり、入選作一篇と佳作十篇が選ばれ掲載されてゐるが、その中で「日本語は理論的には世界語になり得るが、實際にはその可能性はない」とし「日本語は世界語にならなくてよい」と述べてゐる石川経の主張が注目される。