高池勝彦と松岡隆範の信念(9‐28) 

     平成十五年六月七日に行はれた國語問題協議會主催の第七十一囘講演會において、西澤潤一は、日本語で基本的な神經囘路、思考囘路を作り、美しい日本語を守り續けるやう訴へ、塩原経央は新人記者の教育に當つた經驗をもとに、國語力の低下は戰後の誤つた國語政策と國語教育によるものだと述べ、言葉は單なる道具ではない、國語は命と同樣先祖からの贈物であると訴へてゐる。

   高池勝彦は、高校二年の時に福田恆存の『私の國語教室』を讀んで、正字(舊漢字)・正假名(歴史的假名遣)が正しいと知り、以來歴史的假名遣で文章を書くやうになり、「辯護士になつてからは、私的な文章は勿論正假名」であり、裁判關係の文章も「依頼者の許可を得た場合は正字正假名」で書いてゐる奇特な辯護士である。苦情を言はれたり、時には「これを直さなければ受付けないといつて、當事者目録や本文の中の當事者の名前や住所を指し示しました。たとへば、神奈川縣横濱市緑區何々一丁目二番五號の高池株式會社といふ當事者の場合、縣も濱も號もすべて登記簿謄本と違つてゐるから受付けないといふのです」といつた現實の中で信念を通すのは竝大抵のことではなかつたと思はれる。講演の中で、高池は法務省の文書は昭和五十八年一月から、裁判所の文書は平成十三年一月から横書になつたこと、また自衞隊法には「めいていして職務を行つた者」「そのほう助をした者」とあり、刑法には「人の名譽を毀損した者」とあり、成立の時期、改定の時期により表記がまちまちで不統一の混亂状態にあることを指摘してゐる。
 當日の講師ではないが、國語問題協議會評議員の松岡隆範も信念の人である。長年大藏省造幣局に工藝管理官として勤務する傍ら、造幣局が發行してゐる月刊誌『時報』に「造幣博物館所藏外國章牌紹介」を連載してゐるが、その文章はもとより局内の文書もすべて正漢字・正假名遣で通してゐる。官僚にもかういふ人がゐることをここに特記しておきたい。