戾る

序――囘顧󠄁と目標

會長 宇野精一

 今年本會は創立四十五周󠄀年を迎󠄁へた。先に本會の十五年記念誌を刊行して、早くも三十年を經過󠄁したが、その間にも隨分種々のことがあつた。

 昭和三十四年十一月󠄁四日、本會は創立したが、初代の小汀利得理事長は、會長になることを承知せず、二代目の會長は林武、三代目は木內信胤、四代目が不束ながらこの私である。創立の頃を思ふと、正に隔世の感があるので、少し囘顧󠄁してみたい。

 戰後、GHQ(占領軍總司令部)の指金もあつて、昭和二十一年十一月󠄁十六日、「當用漢字表」「現代かなづかい」を手始に、「漢字音󠄁訓表」「人名漢字表」の制定など、次󠄁から次󠄁へと亂暴な規則を制定し、昭和三十四年に至つて、遂󠄂に送󠄁り假名に手をつけた。昔から送󠄁り假名に手をつけると命取り、と言はれてゐたのに、調󠄁子に乘つて國語審議會は手をつけた。果して猛反撥が起󠄁り、今や戰後の國語變革は全󠄁面的󠄁に退󠄁却しつゝある。

 本會は、先づ手初めとして漢字廢止に反對することから始めた。思へば、漢字廢止論は、明󠄁治三十五年(西紀一九〇二)文部省の國語調󠄁査委員會の決定から始まつたが、昭和四十年、第七期󠄁國語審議會に於ける吉田富三委員の、國語の表記は漢字假名交り文を原則とする旨の贊否を求めるといふ提案は、流されてしまつたが、昭和四十一年、第八期󠄁審議會の冒󠄁頭、中村梅吉文相の諮󠄁問の中に「申すまでもなく國語の表記は漢字假名混り文で」といふのがあり、これによつて明󠄁治以來の漢字廢止論は公式に否定されたのである。

 倂し事は簡單ではない。更に我々は運󠄁動努力を續けたが、やがてワープロの發達󠄁普及󠄁󠄁によつて決定的󠄁になつた。漢字廢止の論は、明󠄁治以來種々理由を擧げてゐたが、何れも次󠄁々に論破され、戰後になつて漢字は器械に乘らないといふのが最も有力な論據とされて來たから、ワープロの出現によつて、この最後とも言ふべき論據が潰滅したのである。

 倂し漢字問題が片づいた譯ではない。まだ「常用漢字」などに拘はる人もゐるし、何よりも人名漢字の法的󠄁制限がある。これは速󠄁かに撤廢しなければならない。なほ漢字の音󠄁訓制限とか送󠄁假名などは、社會的󠄁には殆ど無視されてゐるが、筆寫體と印刷體とを混同した略字や、不合理で品のない現代假名の橫行は停止して、美しい正字體と、すがすがしい正假名遣󠄁を正統な表記としなければならない。

 その實現に向つて、我々は一層の努力を續けなければならない。

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