同胞󠄁各位に訴へる
國語と國字が一民族の文化󠄁の最も大切な要󠄁素の一つであることは皆樣御存知の通󠄁りです。
さて、我々の祖先は、古事記や萬葉集などに見られる如く、千二、三百年の昔、すでにすぐれた言葉を持つてゐました。これは恐󠄁らく世界にも類の少い變化󠄁に富む日本の氣候風土と美しい自然が與へた纖細な感覺のお蔭であらうと思はれます。殊に微妙で深みのある美的󠄁感覺は世界一かも知れません。實際、我々の遠󠄁い祖先は今から八千年も前󠄁にあの見事な繩文式土器を作つたのです。
しかし、幸か不幸か、大和民族は文字を持つてゐませんでした。ところが中國には極めて發達󠄁した文字が有つたので、奈良時代の祖先はこれを借りて國語を表記し、更に平󠄁安時代の初期󠄁には假名を發明󠄁し、又漢語も多く輸󠄁入して、それ以來この「漢字假名交り文」は九百年以上にわたつて、日本の文化󠄁を護り育てて來ました。これは直ちに眼に訴へて意󠄁味を表はす便利な「表意󠄁文字」と、日本語獨自の構󠄁文を表はす「表音󠄁文字」から成󠄁る優秀な表記法でありました。
然るに、日本民族として最初の體驗である敗戰の衝擊と自信の喪失と、日々の食糧にも事缺く苦難の時期󠄁に當つて、以前󠄁から國語をローマ字、もしくはカナモジで記さうと主󠄁張して來た便宜主󠄁義、安易主󠄁義の一部の論者は、好機正に至れりとして、文部省の權力を利用し、新聞社、出版社などを動かして、敗戰後、わづか一年三ケ月󠄁、すなはち昭和二十一年十一月󠄁に內閣訓令吿示で、漢字を制限し假名づかひを變革してしまひました。
これは明󠄁治以來幾度か國語改革論者によつて提出され、その都度國民の嚴しい批判󠄁を受󠄁けて葬り去られた案を殆どそのままに踏襲したものです。のみならず、これ程󠄁重大な問題について信賴するに足る代表的󠄁文化󠄁人諸氏の意󠄁見を求めることもせず、國會の審議にかけることもしませんでした。これでは戰時中の軍部の獨裁といささかも變るところがありません。果してこれが戰後の日本の目標たる民主󠄁主󠄁義的󠄁文化󠄁國家のなすべきことであつたでせうか。國語審議會と文部省はこの後次󠄁々に「音󠄁訓表」とか、「字體表」とか、「送󠄁りがなのつけ方」とか、「外國の固有名詞の表記法」とか、何れも不合理にして實行不可能な變革を敢てしたのであります。それらが、今日實際に色々な混亂をひき起󠄁してゐるばかりでなく、靑少年の學力を著しく低下させてゐることも各位は御承知でせう。
以上が大體の經緯ですが、次󠄁にこの問題に關し、幾つかの項目に分けてやや詳しく所󠄁信を申し述󠄁べます。
一、なぜ、歐米諸國は發音󠄁と異つた綴りを維持してゐるのか
歷史的󠄁假名遣󠄁ひは現在の發音󠄁と異る故に變へるべきだ、と彼ら便宜主󠄁義者は言ひます。しかし、歐米各國の國語を考へてみますと、例へば英、米、佛、希の樣な國々では、綴りと發音󠄁の相違󠄂は吾が國の歷史的󠄁假名づかひとは比べものにならないくらゐ甚だしいものがあり、その他、ドイツ、イタリヤの樣に比較的󠄁その差の少い國々ですら、綴りと發音󠄁とは一致せず、歷史的󠄁假名づかひと大體同程󠄁度のものであります。それにもかかはらず、これら諸國はその綴りを決して變へようとはしません。これは何故でせうか。
それは先づ第一に、此等の難しい綴りには、その依つて來る必然の歷史と論埋がある上に、若しこれを變へたならば、從來の綴りで書かれたすべての文化󠄁遺󠄁產が非常に讀みにくくなるからです。これらの國々には、過󠄁去から優秀な文學作品や哲學、自然科學の論文などが數多くあります。それらを國民から遠󠄁ざけることは當然自國の文化󠄁の衰退󠄁を招きます。
第二に、綴りと發音󠄁が甚しく異つてゐても、これら諸國の少年少女は素質が良いために、敎育によつて自然にそれを理解し辨別して、何らの支障も來さないからであります。
二、日本人は優れた民族的󠄁文化󠄁遺󠄁產を繼承し得ぬ程󠄁劣等か
さて、眼を我國に轉じませう。英佛その他すぐれた西歐の國々のやうに秀でた過󠄁去の文化󠄁遺󠄁產を果して日本は持つてゐないといふのでせうか。斷じて否です。
西歐の近󠄁代諸國がまだ殆ど蒙昧に近󠄁い狀態に留つてゐた七、八世紀の頃、すでに我々の祖先は、古事記、日本書紀、風土記、萬葉集などすばらしいものを作り上げました。又、少し降つてフランス文學最初の作品である敍事詩が十一世紀末に現れたのに對し、その百年前󠄁に、日本では若い女性が今も世界的󠄁傑作である「源氏物語」を書いてゐたのです。その後、主󠄁なものだけを拾つても、「古今集」以下の八代和歌集、「平󠄁家物語」、道󠄁元や親鸞の著書や語錄、「徒然草」、世阿彌の謠曲と能の美學、芭蕉の俳諧、西鶴の小說、近󠄁松の戲曲、荻生徂徠や本居宣長らの學問的󠄁業績を經て、明󠄁治に入つて後は、幸田露伴󠄁、樋口一葉、泉鏡花󠄁、正岡子規、夏目漱石、森鷗外、內村鑑三、寺田寅彥、柳田國男、萩原朔太郞、宮澤賢治、齋藤󠄁茂吉、數へ上げればきりがありませんが、いづれも貴重な勞作を生み出したのです。これらの業績が今後は讀み難くなつたり、從來の國民との間の斷層を作るやうになつたりしたら、日本文化󠄁の損失は量り知れぬものがあります。我國は決して西歐諸國に劣るものではありません。
殊に、最近󠄁、日本の古美術󠄁や禪や能樂や建築󠄁や庭󠄁園や書道󠄁や點茶や生花󠄁など深みのある美しい文化󠄁所󠄁產に歐米諸國民が眼を見はつてゐる事實をどう考へるべきでせう。フランスがルーヴル美術󠄁館門外不出の至寶「ミロのヴィーナス」をはるばる日本に送󠄁つてくれたのも、彼らが日本民族の文化󠄁的󠄁優秀性をどのくらゐ高く評󠄁價してゐるかの明󠄁かな證據であります。大正の大震災前󠄁後六年に亙つて日本に大使として駐󠄁在したフランスの大詩人ポール・クローデルは、第二次󠄁大戰中(昭和十八年の晚秋の一夜)日本が壞滅するのを虞󠄁れて、親友のやはり大詩人であるポール・ヴァレリーに次󠄁のやうに言つたのです。「私が亡󠄁びないやうに願ふ一つの民族がある。それは日本民族だ。これ程󠄁注󠄁目すべき太古からの文明󠄁を持つてゐる民族は他に知らない。彼らは貧乏だ。しかし高貴だ。」と。(註1)さすがにクローデルは大詩人です。彼は日本の多くの文化󠄁人などと呼ばれる人々よりもはるかに日本の良さを知り、それを愛してゐたのです。日本の現狀はクローデルに對して恥しいではありませんか。
なほ、我が國語國字の重要󠄁さは、單に文章の上だけに止まりません。法隆寺、藥師寺、唐󠄁招提寺をはじめとする南都の諸寺や、鳥羽僧正の「鳥獸戲畫卷」その他日本獨特で世界に類のない繪卷物、運󠄁慶らの彫󠄁刻、雪󠄁舟らの水墨畫、能の舞樂、利休の茶、桂離宮の建築󠄁と庭󠄁、光悅の工藝、宗達󠄁や大雅󠄂らの繪畫、春信や北齋の浮󠄁世繪など、又は世界的󠄁に名高くなつてゐる生漉の日本紙とか、禮儀作法とか、これら直接には文字と開係なささうに見える諸々の傑作が實は國語國字と切つても切れぬ精神的󠄁紐帶を有してゐることは少しく考へてみれば誰にも解ります。
次󠄁は子供の問題です。「行かう」と書いて「行こう」と讀み、「言ひました」と書いて「言いました」と讀むことを難しく思ふほど、彼らは劣等でせうか。とんでもないことです。兩親と共に歐米に在る日本の子供達󠄁が彼の地の學校で拔群の成󠄁績を示すことの多い事實はよく知られてゐるところです。又最近󠄁東京の四谷第七小學校や新潟龜田東小學校等で行はれてゐる敎育に於て、低學年の兒童が喜んで多くの漢字を學び、三、四年で新聞も讀み得ることが識者の注󠄁意󠄁をひいてゐます。要󠄁するに日本人は優秀な民族であり。日本の文化󠄁は卓越してゐるのです。
三、明󠄁治以後、國語國字簡易化󠄁運󠄁動はどうして起󠄁つて來たのか
ところが、明󠄁治初期󠄁から大正、昭和の時代に至るまで漢字排擊や假名づかひ改訂が數囘にわたつて試みられたのは何故でせうか。これは歐米の進󠄁んだ文化󠄁に驚き、恐󠄁れ、ひたすらそれに追󠄁附かうとした人たちの焦燥感と劣等意󠄁識の致すところでした。これ等の論者が彼らなりに愛國の至情󠄁からこの擧に出たことは諒とすべきですが、それは不幸にして西歐の文化󠄁に目がくらんだ故の性急󠄁な短見と、日本文化󠄁の優秀さに關する無自覺に依るものでありました。
これらの愚かな變革の企てに對して、明󠄁治四十一年には森鷗外をはじめとする明󠄁星派、大正十四年には山田孝雄、芥川龍󠄁之介らが行つた強い反對は、高邁な識見と國文學、國語の傳統に對する深い敬愛に根ざす當然の行動でありました。今囘の愚擧に對しても、昭和二十三、四年まで、心ある幾多の人士は極力反對を表明󠄁してゐましたが、悲しいかな當時の社會的󠄁混亂と國民生活の窮迫󠄁はこの熱を實らせる餘裕を與へなかつたのであります。
四、「現代かなづかい」は果して合理的󠄁で便利であるか
萬葉集などにあらはれてゐる良質な言語を有した我らの祖先が漢字を採󠄁用したことは、實に「鬼に金棒」でありました。而してやがて假名が發明󠄁されたことは、この「金棒」の質の向上であつたのです。日本語はその頃すでに動詞、助動詞、形容詞の活用や助詞の用法などすこぶる論理的󠄁に發達󠄁してをり、假名はこれらを遺󠄁憾なく表現することが出來ました。又その後、文語と口語の必然的󠄁連繫もこれで正確に示されてゐたのです。
然るに「現代假名づかい」はこれらの論埋を無視し、文語と口語の聯關をも無殘に斷ち切つてしまひました。例へば、口語の「言はう」は文語の「言はむ」から來てゐることを示しますが、新假名の「言おう」ではその連絡が解りません。
又、「ヂ」や「ヅ」を廢してほとんどすべてを「ジ」と「ズ」で表はし、「地震」や「地面」に振假名をつけるとき優秀な兒童が論理を考へて、「ぢしん」「ぢめん」と書けばそれは誤󠄁りであるとして先生は×をつけなくてはなりません。(註2)「望󠄂月󠄁」といふ姓にも「もちずき」と振らなくては間違󠄂ひだといふのです。このやうな論理的󠄁關係を假名づかひについて敎へることも戰前󠄁までは日本兒童の頭腦訓練に大切な恰好な手段の一つでありました。言葉をただ機械的󠄁に憶えるのは鸚鵡や九官鳥にも出來ることです。論理を無視したら頭腦は低下するにきまつてゐます。
五、當用漢字、その他、現行の表記法は如何にでたらめで矛盾が多いか
「當用漢字」、「音󠄁訓表」、「字體表」、「送󠄁り假名」の制定もきはめて獨善的󠄁であつて、明󠄁治、大正、昭和前󠄁半󠄁に至る古典が讀めなくなるのは勿論のこと、現在日常の新聞雜誌、手紙を讀むのにさへ靑少年を苦しめてゐます。文部省に輕率󠄁に同調󠄁した新聞社も自繩自縛に陷つてゐます。まづ漢字を千八百五十字に限るのも無理ですが、動植物の名を假名書にするといふのも非常識です。たとへば當用漢字の中には猫も猿も狐も兎も狸も、烏も雀も鶯も鶴も、鯉も鯛も鮎も入つてゐません。植物では柿や栗もなく、藤󠄁も桐も萩も楓もないとは美しい日本の四季を何と味氣ないものにしたことでせう。なほもう一つの重大なことは地名や人名です。當用漢字にない地名と人名は非常に多いのですが、これはもちろん祖先以來の文字を尊󠄁重してゆくべきですし、次󠄁に名前󠄁は兩親が愛兒の將來に希望󠄂を託して選󠄁ぶのにそれがたまたま當用漢字にないと言つて役所󠄁が受󠄁けつけないのは基本的󠄁人權の無視です。これは人間にとつて最も大切な精神の自由といふものを全󠄁く輕んじた暴擧ではありませんか。
「音󠄁訓表」も論外の沙汰です。一人と書けば「いちにん」とのみ發音󠄁して、「ひとり」とは讀ませず、父󠄁、母のよみ方は「ふ」「ぼ」「ちち」「はは」のみで「お父󠄁さん」、「お母さん」は「おとうさん」「おかあさん」と假名で書かなくてはならず、昨日、今日、明󠄁日も「きのう」「きよう」「あす」と書かなくては間違󠄂ひとはどうです。「時計」も「景色」も音󠄁訓表によれば、「とけい」「けしき」と讀めず漢字で書くことも出來ないことになつてゐます。これが一體、文部省の、又內閣の、いや日本人のきめることでせうか。また「字體表」では「專」「團」「傳」を「專」「團」「傳」としたり、「濁」「獨」「觸」を「濁」「獨」「觸」、「佛」「沸」「拂」を「佛」「沸」「拂」としたりするやうに、漢字の系統と統一が亂されてゐます。
次󠄁に外國語のカナ表記法ですが、(DI)をディ又はヂとせずに、すべてジにしたり、(VA・VI)をヴァ・ヴィでなくバ・ビにしてしまつたのは實に亂暴であるのみならず、一方で英語の發音󠄁を折角、念を入れて敎へてゐるのと甚しい矛盾ではありませんか。
要󠄁するに、國語・國字のことは優れた文化󠄁人の自然の指導󠄁と國民の良識に委ねて置くべきで、決して非常識な役人の強制などに任せるべきではありません。西歐の文化󠄁國は皆さうなつてゐるのです。マルティン・ルッターが聖󠄁書をドイツ語に譯してそれが立派であれば、これはドイツ語の模範となりゲーテが美しい戲曲や小說を書けば、それがお手本となつてドイツ國民はこれに從ふのです。內閣が訓令や吿示を出すのではありません。
六、難しい國語國字は文化󠄁を遲らせるか
日本語の漢字と假名づかひが或程󠄁度難しいことは事實です。しかし、このことが果して日本の文化󠄁を遲らせて來たのでせうか。これは逆󠄁に「言語文字の易しい國に文化󠄁が發達󠄁してゐるか、否か」を考へるとすぐ解ります。簡單な言葉は殆どみな文化󠄁の未開發な國々に限られてゐることを考へて下さい。さうしてその反對に、優秀な文化󠄁を築󠄁いた國々ほど言語文字は難しく複雜で含蓄に富んでゐる事實を見るべきです。それでなくては發達󠄁した理性や感情󠄁の正確な微妙な表現を十分に果すことができないからです。
なほ、これに關聯するのは、明󠄁治維新以來わづかに七、八十年で我國が歐米の一流國に伍するに至つた理由です。日本文化󠄁は模倣にすぎぬとか、他の影響に依つてのみ進󠄁んだとかヒットラーやその他考への淺い幾多の人々は言ひました。しかし、一體、影響を受󠄁けるといふことも、模倣をするといふのも、既にそれをなし得るだけの實力や受󠄁入態勢ができてゐなくては不可能です。奈良時代に中國や印度の文化󠄁を受󠄁入れ、これを咀嚼し吸󠄁󠄁收することが出來たのは、文字こそ持たなかつたとは言ヘ、何度も申す如く、萬葉集などにあらはれてゐる優秀な美しい國語をすでに持つてゐたといふ日本人の進󠄁んだ文化󠄁の實力があつたればこそです。
明󠄁治以後に、西歐の進󠄁んだ文化󠄁をあれだけ大量に、而も短時日に消󠄁化󠄁し得て、湯川秀樹氏を始めとする世界的󠄁な幾多の自然科學者を生み、その應用技術󠄁に於ても同樣な成󠄁果を擧げ得たといふことは、やはり德川時代の末頃までに西歐文化󠄁を受󠄁容するに足る準備をすでに十分具󠄁へてゐたからに他なりません。無から有は生じない道󠄁理です。然らばその準備は何がつくりあげたのでせうか。
それは、大和民族固有の文化󠄁に、中國と印度の文化󠄁が加はり、これを自家藥籠中のものとして、日本人の理性と感覺と感情󠄁と意󠄁志とを練磨󠄁したといふ實績がつくりあげたのでありますが、その練磨󠄁の中の重大な一要󠄁素としてすでに發達󠄁してゐた國語國字が儼として存在したことを忘󠄁れるわけにはゆきません。且つ西歐語の飜譯は漢字があつたからこそ可能だつたのです。すべての自然科學の用語はもし漢字を使はなかつたらどうなることでせうか。ローマ字論者やカナモジ論者に訊ねたいものです。
ついでに申せば漢文の敎育も再び盛󠄁にすべきであります。世界文化󠄁で一流の地位を占めてゐた中國と印度の文化󠄁を攝取し、自己の血肉にまでした日本は、現在に於いて佛敎や儒敎や中國文學の正統な後繼者です。漢字を著しく變形した今日の中國人民はやがて父󠄁祖の古典が讀めなくなるのではないでせうか。もしさうならば、これは彼らのためにゆゆしい大事です。又傳敎大師、弘法大師以來、榮西、道󠄁元、法然、親鸞、日蓮、白隱等の俊秀を出して來た日本の佛敎は、本家の印度以上に釋迦牟尼の思想を傳へて來てゐると言へます。ところが、漢文を我々が讀めなくなつたら、この世界の至寶を人類のために役立てるべき仕事が衰へてしまひます。却つてそのうちに、佛敎の硏究はアメリカ人が指導󠄁するやうになるかも知れません。現に日本のすぐれた若い佛敎硏究者が何人かアメリカの大學に學びに行つてゐます。ライシャワー大使の仕事も漢文に依るものです。
七、靑少年の學力低下
最近󠄁、我國の大學生を始め、高校生、中學生の學力、思考力、創造󠄁力が著しく低下して來たといふ事實が、多くの學者や現場の敎育者や各界の識者から指摘され憂慮され始めてゐます。この一因としても、戰後の國語國字の變革が大いに考へられると思ひます。まづ第一に言語文字を輕んずる文部當局の精神は、當然靑少年の文化󠄁意󠄁欲を弱󠄁めます。さうして國語國字に於ける鍛鍊が少くなり、思考力を養󠄁ふことがおろそかになれば知能が衰へるのは自然です。オリンピック競技の選󠄁手がどのくらゐ苦しい猛練習󠄁に堪へてゐるかは周󠄀知の事實です。文化󠄁的󠄁なオリンピックの試合、つまり、世界の文化󠄁を進󠄁步させて行く仕事に日本が優秀な成󠄁績をあげるためには、これと同じやうな鍛鍊が必要󠄁なことはどなたにもお解りでせう。アメリカでは先に哲學者デューウィの近󠄁視眼的󠄁な敎育論に從つて小學校敎育を安易にした結果、少・靑年の學力の著しい低下を招いたため五、六年前󠄁から激しい批判󠄁が起󠄁つてゐます。ルドルフ・フレッシュの「ジョニーはなぜ本が讀めぬか」といふベストセラーを續けた本はこれに對する警鐘でした。
八、國語の改惡は國を滅ぼす
最後に注󠄁意󠄁すべきは、戰後十何年で日本がこれだけに復興し、自然科學やその應用である工業の技術󠄁が著しく發達󠄁して、世界の一つの驚異になつてゐるやうですが、この幸福をもたらしたのは、戰前󠄁の國語と國字で敎育されて來た三十代以上の人々の力であつて、戰後の便宜主󠄁義・安易主󠄁義に甘やかされて來た二十代とそれ以下の靑少年の仕事ではないといふことです。
外國に負けぬやうにと「漢字廢止」や「新假名づかい」などを主󠄁張した改革論者、その他の論者の憂ひは幸に杞憂であつたわけで、逆󠄁にもし、彼らの主󠄁張が通󠄁つてゐたならば、恐󠄁らく戰前󠄁までの進󠄁展も、戰後の立直りもあり得なかつたであらうとさへ思はれます。それだけに、安易を強ひる國語敎育によつて成󠄁長する今の靑少年たちが國の中堅となり指導󠄁階級󠄁󠄁となつた曉が心配されるのです。 且つ、今の文化󠄁人たちのうち、第一流と目される人々の多數が現在の悲觀的󠄁な大勢にも拘らず、傳統的󠄁な國語表記を依然として守つてゐる事實を何と見るべきでせうか。今の靑少年が明󠄁治、大正、昭和の中期󠄁までの古典的󠄁な文章はもちろんのこと、現在の一流の人々の文章まで讀むのに抵抗を感ずるとは、彼らはまことに氣の毒な犧牲者であります。一流の文章が讀みにくく二流、三流以下のものだけ讀むといふのは、日本を二流、三流の國に低落させることでなくて何でせうか。「當用漢字は五年にして日本文化󠄁を滅ぼす」と言つた岡潔󠄁博土の豫言は、大數學者の銳い直覺だらうと思ひますが、今や不幸にして實現しつつある狀況です。ついでにいへば湯川博士は幼少の頃經書の素讀を受󠄁け、靑年時代には莊子や老子を好んで讀んださうです。國文や漢文を熱心に勉強することは自然科學の思考力をも增大するといふのが今の定說です。
結論
以上八項目にわたつて考へて來たことから、我々は次󠄁の結論に到達󠄁せざるを得ません。卽ち、戰後の愚劣な國語國字變革は明󠄁かに日本文化󠄁の下落を來すものであり、これは明󠄁日からでも白紙に戾して愼重な再檢討を始めるべきであるといふことです。
ところで、右の趣旨は結構󠄁だが、既に改革後二十年近󠄁くたつてゐる今、再びやり直しをするのは、更に混亂を來して大變だ、といふ心配をなさる方々もあるでせう。しかし、これは日本の百年、千年先の幸福のためです。しばらくの混亂や苦勞はものの數でなく、又優秀な日本の少年少女は四、五年後には改善された國語敎育に慣れてしまひます。
それについては、依然として便宜主󠄁義、安易主󠄁義の人々が主󠄁力を占める文部省の「國語審議會」は全󠄁く賴むに足らず、危機に直面する日本の文化󠄁を救ふためには、心ある民間の方々の御贊同を得て一大國民運󠄁動を起󠄁さなくてはなりません。
しかし、今の國語審議會は賴むに足らずとして、この國民運󠄁動を起󠄁し、戰後の國語國字の改惡を一應御破算にして白紙に戾すべきであるとしても、さてその後をどうすれば良いのでせうか。惡いものを破壞するのはよいが、その後を如何に建設すべきか。これについて我々は次󠄁のやうな考へを抱󠄁いてゐます。それは、今の「文部省の國語審議會」を「發展的󠄁に解消󠄁」して、獨立した一つの新しい國家機關を創設することです。この機關は、數十人の會員から成󠄁り、その構󠄁成󠄁は、日本の國語・國文學を眞に愛する、國民の誰もが信賴し、納󠄁得できるやうな、第一級󠄁󠄁の文學者、評󠄁論家、語學者を中心とし、これに配するに、同じく第一級󠄁󠄁の自然科學者、哲學者、美術󠄁家、音󠄁樂家、藝能家及󠄁󠄁び日本文化󠄁を眞に愛する若干の達󠄁識の人士を以てすべきであると考へます。これは恰も、十七世紀から存續するアカデミー・フランセーズ(フランス翰林院)のやうに、國語の正しい傳統の保持と純化󠄁のために、その時代の日本文化󠄁を代表する最高の人々によつて、恆久的󠄁に持續せらるべさであります。
昭和三十九年六月󠄁國語問題協議會
※この提唱は當時の本會常任埋事市原豐太氏によつて起󠄁草され各界の識者に訴へかけたものである。
註
(註1)アンリ・モンドール『Propos familiers de Paul Valéry』(一九五七年)。原文は以下の通󠄁り。
Un peuple pour lequel je souhaite quʼil ne soit jamais écrasé, cʼest le peuple japonais. Il ne faut pas que disparaisse une antique civilisation si intéressante. Nul peuple ne mérite mieux sa prodigieuse expansion. Ils sont pauvres; mais nobles, quoique si nombreux.
―Henri Mondor, « Propos familiers de Paul Valéry », Bernard Grasset, Paris, 1957, p. 221.
(註2)「地」や「治」を「ち」と讀むのは漢音󠄁、「ぢ」と讀むのは吳音󠄁。嚴密には漢音󠄁の「ち」が濁つたものではない。しかし「現代仮名遣い」を擁護する者の說明󠄁にありがちな「元々『じ』の音󠄁で『ぢ』ではない」も誤󠄁りで、假名も發音󠄁も『ぢ』(『じ』と異る音󠄁)だつたのが後に發音󠄁のみ『じ』となつたものである。四國や九州の一部では昭和時代にもその發音󠄁の區別が殘つてゐたといひ、『現代かなづかい』の「注󠄁意󠄁 一」にもその片鱗が見られる。なほ、昭和六年五月󠄁の臨時國語調󠄁査會による『假名遣󠄁改定案に關する修正』にも見られるやうに、「吳音󠄁によつて濁る」と呼ばれる事もある。
(註は押井德馬による)