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六-十 山田孝雄の抗議

 山田孝雄は七月󠄁の『日本及󠄁日本人』に「再び文部省の假名遣󠄁改定案に抗議す」を發表し、大正十三年の假名遣󠄁改定案發表當時の事情󠄁を說明󠄁した後、今回の修正によれば、二語の連合及󠄁び同音󠄁連呼によつて生じた「ぢ、づ」はもとのままとなつてゐるが、その他の藤󠄁(ふぢ)筋(すぢ)の「ぢ」や、「出で、出づ、出づる、出づれ」の「づ」を認󠄁めず、タ行サ行の二行に活用させるなどは學理上說明󠄁がつかないと、その不統一煩雜なることを指摘し、更に文字を單に發音󠄁の符號だといふのは、文化󠄁を持たぬ蠻人の間のことで

*文化󠄁を有し、文字をもつてゐる民族の間ではその文字はたゞの發音󠄁の符號ではなく.同時に古來からの文化󠄁を保存する機關である。それ故にその文字の如何によつて一面はその國の文化󠄁の性質と歷史とを察する事が出來るのみならずその一國の文化󠄁を將末に傳へるにはこの文字による外は無いのである。從來の文字を改めるといふことはやがて、從來の文化󠄁の傳統を破つて新にすることである。

*「王」といふ字と「玉」といふ字は「、」の有無の差である。「土」と「士」とは下の一の長短による。この差別に如何なる合理的󠄁の根據があるか歷史的󠄁傳統の外にこれを判󠄁別する標準がある譯が無い。

*思想の動搖惡化󠄁を防ぐに日も足らずといふこの重大の時局に、自ら古來の文化󠄁の基礎を動し傳統を無視して新に革新を施し、我より古を爲さむとする革命家の喜びさうな事を企つるといふ事は、思慮の無い事夥しいといふより外に批評󠄁の言を知らぬのである。

と、傳統を輕視すべきでない所󠄁以を力說してゐる。また、六年八月󠄁の『冬󠄀柏』に褻表した「再び文部省の假名遣󠄁案を論ず」において

*今の假名遣󠄁改定論者の思想の根據は傳統破壞といふ事に存するのである。この思想は明󠄁治のはじめにはき違󠄂の論として、吉野山の櫻を伐り倒し、奈良興福寺の五重塔を五十圓で拂ひ下げ同寺の金堂等を燒きすて、高取城を五百圓許で拂下げ、更に濱寺公園の松を伐らうとした思想である。

と批判󠄁してゐる。以上二つの論文は、昭和七年十月󠄁發行の山田著『國語政策の根本問題』に收められてゐる。


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