五-十四 「常用漢字表」の發表
大正十一年五月󠄁十五日、臨時國語調󠄁査會の特別委員會が開かれ、「常用漢字原案を審議するに際し據るべき標準」について協議し、「一、常用漢字(原案)以外の文字は假名で書く事尙或る種の熟語中漢字表になき文字を必要󠄁とする時は熟語全󠄁體を假名で書く事」「四、代名詞、接續詞、副詞、感動詞、助動詞及󠄁び助詞は假名で書く事」といふやうな申合せを行つてゐる。
なほ、同調󠄁査會の會長森鷗外は、大正十一年七月󠄁九日「自分は日本文化󠄁の將來については些かの懸念もない。ただ假名遣󠄁を變へようとする運󠄁動があることだけが氣がかりでならたい」といふ悲痛な言葉を遺󠄁して世を去つた。そのため同七月󠄁二十七日、上田萬年が會長に任命された。
翌󠄁大正十二年五月󠄁、臨時國語調󠄁査會から「常用漢字表」が發表された。漢字の總數は千九百六十三字であり、その中に簡略字體を採󠄁用したもの百五十四字が含まれてゐる。その百五十四字を見ると「辮、辯」が「弁」に、「餘、余」が「余」に統一されてるるので、略字體を考慮すれば總數は千九百六十一字となる。その發表の際、保科孝一は常用漢字及󠄁󠄁び略字選󠄁定までの經過󠄁を說明󠄁した後、常用漢字の實行を期󠄁するには、當字や漢語を整理することが必要󠄁であるが「更に一層必要󠄁なことは字音󠄁假名遣󠄁と國語假名遣󠄁を整理することであります」と述󠄁べてゐる。
當時の國定敎科書の尋󠄁常小學讀本十二卷中の漢字の數は千三百六十字であるが、振り假名のある漢字が三百六十二字あるから、合計千七百二十二字となる。その外讀本以外の敎科書に出てくる漢字で讀本にない漢字が六百五十八字あり、小學生の目に觸れる漢字は全󠄁部で二千三百八十字となるわけである。ところで「常用漢字表」と照し合せてみると、二千三百八十字中、千七百八十一字が常用漢字に入つてをり、二千三百八十字以外の字が百八十二字常用漢字に採󠄁用されてゐる。また常用漢字に選󠄁定された漢字は讀本中の千三百六十字中より千三百九字、振り假名漢字三百六十二字中よリ百四十七字、讀本外の漢字六百五十八字中より三百二十五字となつてゐる。千三百六十字中、常用漢字に採󠄁用されなかつた五十一字の中には「亦、其、又、咲󠄁、扇󠄁、誰、僕、乾」など、かなり頻繁に使用されるものもある。また、昭和二十一年に發表された「當用漢字表」(千八百五十字)にあつて「常用漢字表」にないものとしては、「且丘丹乾亞享伸佳倣値克冒冗剖剰劾匠匿卸呉咲唆唯喚喫嘆嚇」など、「口の部」までに二十七字もある。