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三-十五 川田剛の達󠄁見

 明󠄁治十九年十一月󠄁十四日、川田剛は東京學士會院において「日本普通󠄁文字ハ將來如何ニナリ行クカ」と題して講󠄁演を行ひ、性急󠄁な國語國字改革に反對した。川田は、漢字に「字數甚多ク、之ヲ學フニ歲月󠄁ヲ費ス事」「事物ノ意󠄁味ヲ略寫ス可クシテ、聲音󠄁言語を細寫ス可カラサル事」の二つの不便があることを認󠄁めてゐるが、「野蠻未開ノ國、結繩刻木ノ時代ニハ、新字行ハレ易ク、文化󠄁既ニ開ケシ國ニ向テ、其舊來慣用ノ文字ヲ廢シ、更ニ便種ノ文字ヲ、施行スルハ甚難シ」と述󠄁べ、以下實例を以て文字を變革することの困難なる所󠄁以と、政府の威力と學者の筆舌を以て文字の改革を行ふべきでないことを力說し

*我國詞モ、容易ニハ改ルマジ、吾輩ガ一生ノ內ハ、勿論ニテ我子ノ代ニモ、孫ノ代ニモ、文字改革ノ布令ヲ見ル事ハ覺束無シ、今日ノ書生ガ、我國ノ文字モ、行末ハ羅馬字ニナルモノゾト、早合點シ、假名モ漢字モ、學バザルハ、農夫ガ、都下ニ肉肆ノ多キヲ見テ、耕作ヲ廢スルニ同ジク、牧畜ノ業イマダ開ケザル內ニ、日用食料ノ缺乏ヲ憂ルコト無キニ非ズ、誠󠄁シム可キコトナラズヤ

 サテカノ漢字ハ、字數多ク、之ヲ學ブニ、多年ヲ費スト云フ者アレドモ、ソレハ、吾輩幼少ノ頃、四書五經文選󠄁左國史漢マデモ、誦讀スレバコソアレ、若シ日用普通󠄁ノ文字ヲ習󠄁フニハ、格別ムヅカシクモ非ズ、漢字ノ點異ヲ聚テ、種々ノ字形ヲナスコトハ、羅馬字ノ、數字ヲ綴リテ、一語ヲナスニ同ジ、サレバ漢字ノ一點一畫ハ、卽チ羅馬字ノ一字ニシテ、一字ハ卽チ羅馬字ノ一語ナリ、英文ヲ學ブ者、ABC二十六文字ヲ、暗󠄁記シタレバトテ、之ヲ綴リタル單語ヲ、知ラザレバ、何ノ用ニモ立タズ、

と論じてゐる。國字改革がすぐにも實現されるものと信じられてゐた當時にあつて、この川田の的󠄁確な判󠄁斷は賞讚に値しよう。


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