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六-二十八 「カナモジカイ」の漢字五百字制限案

昭和十三年二月󠄁に刊行された岡崎常太郞の『漢字制限の基本的󠄁硏究』は、「カナモジカイ」の漢字五百字制限案の調󠄁査報吿である。第一の調󠄁査は書字力についてであり、昭和十年三月󠄁に小學校六年生八百四十八名(十校)と、四月󠄁に高等一年生六百三十一名(二校)との合計千四百七十九名について、國語讀本中の書取漢字千三百五十六字(數字は除く)を全󠄁部書取らせて、小學校終󠄁了時の書字力を調󠄁べようとしたものである。その結果は、千字以上書けた者一四・九%、七百字以上三十九・一%、五百字以上六十一・四%、三百字以上八五・四%である。調󠄁査結果について岡崎は「カン字は先にならうものほどよくおぼえているが、後からならうほどとおぼえていない」「すべて數多く讀本にかゝげられているほどとセイセキがよいことが明󠄁らかである」「フデ數による關係はきわめて少く、わずかに、最も早くならう文字で、しかも最も多くくりかえして現われる場合にのみ、フデ數の多少がセイセキを左右していることが、かすかにみとめられるだけである」と、注󠄁目すべき發言を行つてゐる。これは、漢字を澤山習󠄁得されては困るといふのでなければ、低學年からどしどし多くの漢字を提出した方がよいといふことであり、漢字を畫數の少ないものに變改しても、漢字習󠄁得の難易には關係しないといふことを示すものである。つまり、これによると、漢字を平󠄁均五百以上兒童に習󠄁得させることが出來ないとする、本書の五百字案主󠄁張の根據が失はれるばかりでなく、漢字字體整理など全󠄁く意󠄁味がないことになる。

 第二は、昭和十年一月󠄁から十二月󠄁までの五種の新聞から合計六十日分の新聞を抽出し、それにより漢字の出現度數を調󠄁べてゐるが、見出しや欄外の漢字はすべて除き、新聞の社會面と政治面だけに限つてゐることに注󠄁意󠄁せねばならぬ。隨つて、新聞小說や廣吿文や學術󠄁論文などは含まれてゐないわけである。その結果は、最も出現度數の大きい百字の占める割󠄀合は全󠄁體の三八・七%、三百字では六四・一%、五百字では七七・三%、千字では九一・七%、二千字では九八・七二%、三千五百字では九九・九九%となつてゐる。第三は、臨時國語調󠄁査會が發表した常用漢字千八百五十八字と、それ以外で國語讀本の書取漢字である七十一字とを合せた千九百二十九字を印刷して、それを千五百名ほどに配つて、四百字から五百字の漢字を選󠄁ばせてゐる。ところで、その囘答者四百三十四名中、半󠄁數近󠄁い百九十四名(女、三十五名)が學生であり、百三十四名が敎員、二十六名が商人である。最も好かれた字は「心」の四百二十名、次󠄁いで「人、日、間、用、本、町」などであり、最も嫌󠄁はれた字は「軸、厥」で、一人も選󠄁んでをらず、次󠄁いで「猫、駁、敍、姑、鋒、剩、娼」の一名となつてゐる。

 以上「(1)多數の者が書ける、またオボエやすいとゆう條件と、(2)今日最も多く用いられているとゆう條件と、(3)多數の者が用いることをのぞむとゆう條件」とを平󠄁等に扱󠄁ひ、先づ書字力調󠄁査は、各文字の合格者のパーセントの數字をそのままその文字の點數とし、出現度數調󠄁査は、音󠄁讀みの出現度數のみを基準とし、例へば出現度數八から十一の文字は三點、三十と三十一の文字は十三點……七百一から七百五十の文字は九十五點といふ風に配點してゐる。また個人の希望󠄂調󠄁査は、選󠄁んだ人數が一から十の文字は一點、百一から百三の文字は三十二點、三百一から三百十の文字は八十九點といふ風に配點し、以上三つの得點を各文字每に合計してゐる。ここで注󠄁意󠄁を要󠄁するのは、書字力の得點において、試驗に使用された千三百五十六字以外はすべて零點としてゐること、また出現度數調󠄁査において、訓讀みの漢字(音󠄁讀み百とすると訓讀み二十六)を全󠄁く度外視してゐることなどで、これは先に指摘した調󠄁査上の不備と共に、結果に對する信賴度を著しく下げることになる。

 以上三つの調󠄁査に基いた綜合得點表によると、最高二百九十八點の「人」、次󠄁いで「上下大分本前󠄁日力國正」の順であり、合計一點のものには、「姪甥酢晶虐󠄁衝軸舵」など、二點のものには「娛胴雌碎滴墮姻尼縛妊姦肖󠄁股惰累窒欄」などがある。ところで五百字案は、綜合點が五百番までのものをそのまま採󠄁用したものではなく、色々と奇怪な理由をつけて、九十五字も五百番以下から加へ、隨つてそれだけ五百番以內から削󠄁つてゐるわけである。千番以下から加へられた文字に「被也丙弁台貳」などがあり、二百番以內から削󠄁られた文字に「太着强郞戶陸王石林武」などがある。全󠄁く「福」も「善」も追󠄁放され「深」みも「味」も失はれ、「血」も淚も「考」もないやうな有樣で、新に加へられたのは、「經、濟」とか「能、率󠄁」などである。後でこのやうに手直しをしたのでは、調󠄁査をした意󠄁義が失はれ、これでは調󠄁査などせずに岡崎一人で五百字選󠄁んだとしても同じ結果が得られたであらう。右の五百字案を見ると、現行の「當用漢字表」(千八百五十字)にないものは「也」の一字、敎育漢字八百八十一字中にないものは「違󠄂乙吉御甲好帝󠄁殿被丙片奉僕賴覽也」など十六字もある。


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