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七-四十六 『國語問題のために』

 三十七年四月󠄁、時枝誠󠄁記の『國語問題のために』――國語問題白書――が刊行された。本書は「國語問題協議會」の硏究調󠄁査小委員會において各委員が提出した資󠄁料及󠄁び意󠄁見を、時枝の責任においてまとめたもので、その序にある通󠄁り、「第一部では、明󠄁治以來、今日に至までの國語政策の基礎になつてゐる言語學說と、その源流とを明󠄁らかにして、特に戰後の一連の國語政策がどのやうな點で破綻を來たし、また何故に國語の混亂を招くやうになつたかの、根本的󠄁な原因を追󠄁及󠄁しよう」とし、第二部では「第一部で述󠄁べた明󠄁治以來の國語政策を修正し、更に別個の政策案をたてるために、その根據を、主󠄁として時枝誠󠄁記の言語學說に求め、その主󠄁要󠄁な理論を解說しながら、具󠄁體的󠄁な政策案への一つの見通󠄁しを立てようと試みた」もので、今後國語問題を處理し國語政策を立案する上に極めて有力な基礎理論となるべきものである。

 時枝は、明󠄁治以來の近󠄁代言語學は「言語の歷史的󠄁變遷󠄁の事實を記述󠄁し、言語の系譜を明󠄁らかにすることを主󠄁要󠄁な課題とし、目標としている」もので「自然科學的󠄁なものの見方、特にダーウインの進󠄁化󠄁論的󠄁な考方の影響を受󠄁けてゐる」ものであると述󠄁べ、次󠄁いで言語を「人間の表現・理解の行爲である」とする時枝の言語過󠄁程󠄁說を說明󠄁した後、「言語過󠄁程󠄁說の立場においては、國語問題の所󠄁在を、表現過󠄁程󠄁、理解過󠄁程󠄁にあると考へるので、それらの過󠄁程󠄁の原動力となつてゐる表現主󠄁體、理解主󠄁體に、問題の所󠄁在を求める」のであるから「各人銘々の實踐的󠄁活動を措いて、個人とは離れて存在する國語について、これを改善するといふことは考へられない」「國語の改善といふことは、表現主󠄁體と理解主󠄁體との相互の步み寄りによつて成󠄁就出來ることであつて、それを跳び越えて、ただ實體的󠄁な言語に手を付けることだけを、國語政策と考へること」は危險である。殊に「異なつた時點における傳達󠄁を成󠄁立させなければならない機能をもつてゐる」文字言語は「恆常に、一樣に保たなければならない」と論じ、更に「國語問題は、どこまでも國民銘々の心構󠄁へにおいて解決すべき文化󠄁運󠄁動で」あるから、審議會はただ「社會全󠄁體で考へて行くことが出來るような手懸りを提供すべきである」とし「建議機關であることを止めて、審議機關としての體制を整へることが先決問題である」と述󠄁べてゐる。


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