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一-二 假名遣󠄁の問題

 奈良時代以前󠄁の萬葉假名が用ゐられた時代には、同じ音󠄁に對しては種々の文字を用ゐてゐるが、音󠄁の異なる場合には別の文字を使用したやうであり、ア行とヤ行の「エ」を區別し、「キ、ケ、コ、ソ、ト、ノ、ヒ、ヘ、ミ、メ、ヨ、ロ」など十二の假名は、それぞれ二樣に區別して用ゐられてゐる。

 ところが、平󠄁安時代に至つて、過󠄁去にはなかつた音󠄁が發音󠄁されるやうになつたり、過󠄁去には區別して發音󠄁してゐた類似音󠄁が消󠄁滅したりしてゐる。前󠄁者は漢語の移入にともなつて起󠄁つたと考へられてゐる長音󠄁、拗音󠄁、撥音󠄁、促音󠄁などであり、後者は奈良時代以前󠄁の十二の假名の發音󠄁上の區別、ア行とヤ行の「エ」の區別、更に平󠄁安時代前󠄁朝󠄁の「イ」「ヰ」「ヒ」、「オ」「ヲ」「ホ」、「エ」「ヱ」「ヘ」、「ワ」「ハ」、「ウ」「フ」などの區別が消󠄁滅したことである。このやうに次󠄁第に假名と發音󠄁との間にずれが生じ、鎌󠄁倉時代に至つてその混亂が更に大きくなつた。

 そこで假名の用法を整理統一しようとしたのが藤󠄁原定家であり、「を、お」「い、ゐ、ひ」「え、ゑ、へ」の三類八字の假名遣󠄁を定めたのであるが、勿論不完全󠄁なものであり、語中語尾の「ふ」と「う」、「ほ」と「お」は當時既に同一音󠄁化󠄁してゐたが、それについての書分けがなく、語數も全󠄁部で六十餘に過󠄁ぎない。その後、源親行の孫である行阿が、「ほ、わ、は、む、う、ふ」の六字を補ひ五類十四字の假名遣󠄁を定めた。これが『假名文字遣󠄁』であり、後世に定家假名遣󠄁として傳へられたものである。

 後に、長慶天皇及󠄁󠄁び僧成󠄁俊によつて、定家假名遣󠄁は『萬葉集』と一致しないといふ指摘を受󠄁け、更に契冲によつても同樣の批判󠄁を受󠄁けるに至つたのであるが、最近󠄁大野晉が院政期󠄁のアクセント資󠄁料に基づき、定家の「お」「を」の假名遣󠄁が當時のアクセントによることを證明󠄁し、非難の原因がアクセントの變遷󠄁にあることを論證した。

 更に室町時代には「ジ」と「ヂ」、「ズ」と「ヅ」、「アウ」と「オウ」、「カウ」と「コウ」、「サウ」と「ソウ」などに區別があつたものが、江戶時代にはその區別がなくなり、假名遣󠄁の範圍が一層擴大されたわけである。

 契冲は、平󠄁安時代中期󠄁以前󠄁の文獻における假名の用法を硏究した結果、既に同音󠄁となつてゐる假名がはつきり遣󠄁ひ分けられてゐることに氣づき、平󠄁安中期󠄁以前󠄁の文獻における假名の用法に基づいて假名遣󠄁を定め、定家假名遣󠄁を訂正した。

 契冲の假名遣󠄁は平󠄁安時代前󠄁期󠄁の發音󠄁を代表するものであるが、それは平󠄁安時代前󠄁期󠄁には「伊呂波」四十七字の假名はすべて異なつた發音󠄁をもつてをり、それ等の遣󠄁ひ分けに少しも亂れがないからである。

 契冲の著はした『和字正濫鈔』五卷は、元祿癸酉(六年)二月󠄁二十有一日の序があり、最初に刊行されたのは元綠八年九月󠄁である。

 その卷一において、假名遣󠄁の變遷󠄁、定家假名遣󠄁、音󠄁韻、文字、五十音󠄁圖、伊呂波歌、片假名字體などについて槪說し、卷二以下において、ア行、ハ行、ワ行の假名遣󠄁を、語頭、語中、語尾に分けて、その例語を伊呂波順にあげ、それに出典と考證とを加へ、更にハ行轉呼以外の語音󠄁變化󠄁によつて、假名遣󠄁の紛れ易いもの二十項目をあげ、卷末で音󠄁韻、字音󠄁、アクセントに關して補說してゐる。『正濫鈔』と定家假名遣󠄁との關係は卷一に述󠄁べられてゐる。卽ち『假名文字遣󠄁』の序を揭げた後に

此序によると、行阿は親行の抄を披見せられたりと見えたり。其後失たる歟。世に聞えず。行阿の抄の中に定て皆載らるべし。然るに混亂猶󠄁おほきは、親行も世俗流布の假名にまかせられける歟。又行阿の添󠄁られたる中にあやまり出來たる歟。又行阿の勘そへられたる、ほわは等にも混亂あり。無用の事もなきにあらず。是によりて、今撰ぶ所󠄁は、日本紀より三代實錄に至るまでの國史、舊事記、古事記、萬葉集、新撰萬葉集、古語拾遺󠄁、延󠄁喜式、和名集のたぐひ古今集等、及󠄁󠄁び諸家集までに、假名に證とすべき事あれば、見及󠄁󠄁ぶに隨ひて、引て是を證す。

とあり、『假名文字遣󠄁』が右に擧げられてゐる奈良時代、平󠄁安初期󠄁の文獻と一致してゐないために、その濫を正すことを目的󠄁として『正濫鈔』を著したことがわかる。更に『倭字正濫通󠄁妨抄』『和字正濫要󠄁略』などにおいて、契冲の假名遣󠄁硏究の進󠄁步を知ることが出來るのであるが、なほ例語二千弱󠄁のうち、その文獻の明󠄁記されてゐない語が三分の一ほどある。

 しかしこの契冲の假名遣󠄁は、荷田春滿、賀茂眞淵などの國學者の支持を受󠄁け、次󠄁第に社會に弘まつて行くと共に、揖取魚彥、村田春海などによつて補正された。

 また本居宣長は萬葉假名における字音󠄁と韻鏡とを對照し、字音󠄁假名遣󠄁を確立した。更に宣長は『古事記』の硏究により、同音󠄁の假名でも、ある種の語には、ある一定の文字を用ゐて、それ以外の文字を用ゐないことに氣づいてゐるが、その弟子である石塚龍󠄁麿󠄁は、更にその硏究を進󠄁め、遂󠄂に「エ、キ、ケ、コ、ソ、ト、ヌ、ヒ・へ、ミ、メ、ヨ、ロ」の十三の假名が二樣に遣󠄁ひ分けられてゐることを發見した。その硏究の結果は『假名遣󠄁奧山路』にまとめられてゐる。

 契冲は『和字正濫鈔』において、假名遣󠄁の根據を傳統や習󠄁慣よりももつと規範的󠄁なものに求め、古典にさうなつてゐるからといふだけでは滿足せず、古典にさうなつてゐるのは、さうなつて然るべき理由があるからとなし、それは語義の差であると斷じたのであるが、その間違󠄂ひを正したのが石塚龍󠄁麿󠄁であつた。龍󠄁麿󠄁は、當時同音󠄁になつてゐる假名文字の上代における書分けは、語義の差によるものではなく、既に消󠄁滅してしまつた音󠄁韻の差であることを明󠄁かにしたのである。

 また奧村榮實は五十音󠄁圖にある同音󠄁の「イ」「エ」「ウ」について硏究し、平󠄁安時代初期󠄁以前󠄁の文獻には、ア行とヤ行の「エ」の用法には區別があるが、「イ」「ウ」には區別のないことを見出した。しかし、石塚にしても奧村にしても、その成󠄁果が認󠄁められたのは近󠄁年のことである。

 埋もれてゐた龍󠄁麿󠄁の『假名遣󠄁奧山路』の價値を再發見したのは橋本進󠄁吉であるが、橋本は更にその缺陷を補正し、(1)「ゲ」と「ゾ」の假名群にもそれぞれ二類あること、(2)「ヌ」の假名群の二類は「ノ」の二類に相當すること、(3)古事記にも「チ」の二類は認󠄁め得ないこと、(4)上代特殊假名遣󠄁は上代國語音󠄁韻の相違󠄂による書分けであることを明󠄁かにした。

 明󠄁治になつて敎科書を編󠄁纂するに當り、採󠄁用されたのが、契冲の歷史的󠄁假名遣󠄁に多少補正を加へたものであつた。


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