五-二十二 伊藤󠄁忠兵衞の意󠄁見及󠄁び「字體整理案」
同十四年の夏、伊藤󠄁忠兵衞は「西瓜」といふ一文を新聞に發表し、その中で、「わが國ほど實質的󠄁にものヽ變轉が甚だしく行はれ、また必要󠄁の前󠄁には何事でも斷行する勇敢な國も珍らしい」と述󠄁べ、「リットル買の酒を飮まされて疊の上でメートルを擧げねばならぬ始末で、是と信ずればこれを斷行する勇氣がある。まことに賴母しい國家同胞󠄁である」などと酒落を言つてゐるが、これは決して皮肉ではないのである。更に伊藤󠄁は
*現今使用の千三百六十の漢字を半󠄁數以內に減少しカナヅカイを發音󠄁どほりに改正するだけで只今の六箇年で八箇年以上の敎育が出來、漢字を全󠄁廢すれば四箇年で八箇年と同じ行程󠄁の國語敎育を、しかも完全󠄁に授󠄁け得られることは我が國の盲󠄁人敎育が(漢字全󠄁廢)眼あき約󠄁半󠄁分の年限で同じ國語敎育をすましてゐるのに徵してもうなづき得られるのである。
と述󠄁べ、國語問題屋・某の放言をそのまま信じてゐるやうであるが、眼あきに盲󠄁人と同じ敎育を施し、古典はおろか、明󠄁治大正昭和の書物さへ理解し得るやうにするのに、四箇年もかかるのではむしろかかり過󠄁ぎであらう。
また同十四年十一月󠄁、臨時國語調󠄁査會は「字體整理案」(千二十字)を發表したが、これは大正八年十二月󠄁に發表された「漢字整理案」とほぼ同じであり、その整理の方針は
*一、本案ハ先キニ發表シタ常用漢字表ニツキ、ソノ字體ヲ整理シタモノデアル。
一、本案ハ康煕字典ノ字體ヲ本トシ、コレヲ整理スルニ當リ、現代ノ慣用ヲ深ク考慮シ、字畫ノ簡易ト運󠄁筆ノ便利トニ重キヲ置キ、字形ノ釣󠄁合ヲ整へ、小異ノ合同ヲ圖ツタモノデアル。
といふものである。