六-三十八 新村の『國語問題正義』
昭和十六年二月󠄁、新村出の『國語問題正義』が刊行された。新村はその序文において、三十年間專ら文化󠄁史方面の硏究をした結果「國語の傳統を確保し尊󠄁重せざるべからざることを信念とするに至つた」と述󠄁べ、「國語運󠄁動と國語敎育」において、能率󠄁主󠄁義や簡易主󠄁義、或いは民衆の爲といふ民衆本位は、國語そのものを愛する道󠄁ではなく、「民衆を向上させてゆく理想には遠󠄁いものである」と述󠄁べ、また「國語問題の根本觀念」(十四年五月󠄁の講󠄁演速󠄁記)において、先づ國語調󠄁査の沿󠄂革について略述󠄁した後、「國語の傳統を尊󠄁重して基準の嚴正を守ると共に運󠄁用の簡易を圖るべし」「言語其のものの敎育及󠄁び練習󠄁を重要󠄁視すべし」「假名交り體、若しくは漢字交り體といふものを本格的󠄁の文字組織として永久にこれが保存發達󠄁を期󠄁すべし」「漢字を保存整理し、又漢文體の利用を怠らざるべし」「ローマ字を以て補助文字とする以上は其の使用範圍を擴張しないこと。卽ちローマ字をどこまでも補助的󠄁の文字として本格的󠄁の文字としない」といふやうな五ケ條の國語政策上の綱領を揭げてゐる。この綱領は、昭和十四年四月󠄁十一日、國語審議會の第一囘假名遣󠄁改定主󠄁査委員會において「次󠄁ノ如キ國語政策上ノ五ケ條ノ綱領ヲ確立シテ後、假名遣󠄁問題ヲ審議サレンコトヲ望󠄂ムモノデアリマス」として提示したものと同主󠄁旨のものである。このやうな現實に卽した國語政策上の基本綱領を確立することは極めて有用なことである。絕えず國民が改革の不安に怯えてゐるやうでは困る。敎育者も被敎育者も、安心して授󠄁業に臨めるやうな體制を早く確立してやることが肝要󠄁である。