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小川榮太郎

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「小林秀雄の後の二十一章」

小川榮太郎著

日本語といふ鬼と偉さうな男たち―――
小川氏、水村美苗『日本語が亡びるとき』を熟讀(四百十九頁~四百九十八頁)

 我が國の戰後ヘ育の在り方は、「緩やかな占領統治政策」の核であり、「英語化絶對」が大目標として掲げられ、先人がその御旗に扇動され嫌々妥協しながら實施した處に、最大の歪みを抱へてゐる。
戰後の國語論・ヘ育論とは概して、國語と英語、どちらが優れてゐるか、どちらに力點を置いてヘへるべきかといつた比較論よりも、占領政策の適否の問題であつた。文化論よりもまづ、その政策自體に意味があつたのか無かつたのかを、吟味する必要に驅られたといふことである。また、かうした政治的配慮の必要性が、純然たる國語論、言語学としての考察の妨げとなってゐるのは明らかである。
占領政策としての國語は、「國民全員を〈書く主體〉にしようとした」のである。
そこのところで想定されてゐるのは、國語・大和言葉を讀み書き出來るやうになるといふことではない。英語をヘへるといふ目標が先に在って、いきなり英語をヘへると面食らつて馴染めないだらうから、國語を初等ヘ育のヘ材として與へ、書くこと自體に親しんでもらふといふ程度の配慮である。
當時米國は、フィリピンを植民地とした經驗があり、土着の言語を排除して直接英語を公用語化することに成功してゐる。日本でも、當然そのやうな方法を採ることが検討されたほどである。
國民全員が書けるといふことが重要視されるから、漢字の全廢、少なくとも簡略化、假名の表音文字への統一化等といった施策が出てくるわけである。
日本人は、占領政策として、まことに無神經・無遠慮な國語改革を、強制的にではないにしても、進んで取り入れることを強ひられた。

 國語ヘ育の理想を、「〈讀まれるべき言葉〉を讀む國民」に育てるところに設定しなかった。いや、その自由が無かったのである。我が國が將來どのやうな國民に成つて欲しいのか、理想を掲げてヘ育制度を編む自由が奪はれてゐたのである。

 ならば、我々に必要なのは戰ひである。
 米國主體の占領政策は、少なくとも日本國にとっては無意味なものであり、文明の發展に寄與しはしないと。戰後七十年を經て、もはや米國の占領政策に屈し續けてゐる理由はない、といふ論戰であらう。

 しかし、現實の論壇はそのやうな熱を帯びてゐない。
水 村氏が最も冷笑してゐるのは、輕蔑しまた警鐘を鳴らしてゐる危機とは、「文明論としての妥當性や文化保守主義といふ思想的立場ではない」。本當に問題なのは、現代文學の萎えきった現實であり、それに象徴されてゐる「ひたすら幼稚」で「凡庸で限りなく一様になっている、現在の日本語全般の衰弱といふ現實」である。
 言論の自由を謳歌しながら、一方で自由であることで滿足し、言語の本質を探るでもなく新たな潮流を創り出すでもなく、怠惰な日常を送る堕落した現代文學界に對してである。
戰つてゐないではないかといふ指摘なのである。そのやうな地盤から、日本人の國語力をどうすれば増強できるか、などといふ發想は出て來ない。

 水村氏の書が感銘を與へるのは、現実の惨状を嘆きながら、言論者としての直感として「これではいけない」と自覺し、英語といふ普遍語を巡る壯大な文明論を通して、日本語を論じることで、危機感を発露したからである。
 「英語の猛威と日本語の衰弱(455頁)」とは、もとを正せば、大東亞戰争という一戰の勝敗の結果である。戰ひとは、軍事的衝突だけではなくて、文化的な摩擦でも起こるものである。ただ一戰負けたからといつて、その後の戰ひに、無氣力・無抵抗のまま負けてゐて良いわけではない。
現代の戰ひとは、まさに文化同士の眞剣な戰争であり、七十年も前の戰争とは別個の新たな戰争なのである。
 現代日本人は、戰争は國家間同士でしか起きないなどといふ、さういつた過去のステレオタイプな戰争観に縛られてはゐないだらうか。
よく考へて見て欲しいのだ。過去の戰争が既に武力の衝突だけではなく、占領後のヘ育政策まで含む情報戰だつたことを、我々は間近で見てきたのではなかつたか。
我々自身が過去の呪縛から離れ、新たな武器を發明し戰ひに赴くことが無ければ、日本語は亡びてしまふ。
 かつて、歐米列強の軍事的侵略に晒され、亞細亞全體が存亡の危機に陷つた時のやうに、である。
丸腰では何も守れない。いくら日本語が大切だと力説してみても、武器が無ければ戰へない。
我々の(理論)武装のために、今一度、日本語の在り方を冷静に議論する必要がある。

 本書での、現在の國語表記である「現代仮名遣い」は、表音主義に汚染されてしまってゐるとの小川氏の指摘が興味深い。
 「國語への惡意など毛頭ない。氣弱な善意である。使ふ人、特に若い人達が、少しでも樂に表記できるやうにといふ配慮である。」(468頁)
けれども、一見害の無さそうなこの善意こそが、占領政策の本體だった。
國語についての議論もないまま、占領に必要といふ理由だけで、表記の簡略化だけが日本人に強いられた。
 「國語の法則性、歴史的な経緯、美意識―――さうした歴史的假名遣ひを支へてゐた原理の全部」は、日本語を構成する要素でもある。
規則性とは、主に文法・表記方法である。
歴史的經緯も忘れてはならない。言葉が使はれなくなると、その意味も忘却されるので、日ごろ積極的に言葉を使ふオリエンテーション活動が必要である。

 それ以上に疎かにされがちと感ずるのは、美の問題である。
 日本語の多樣性は、美意識に支へられてゐる。
 それは、日本に美しいものがたくさんある、といふのは當然の前提として、何に美を感じるのか、美意識自體が個人でバラバラなのだ。
 誰しも美しいと感じるものを、在るがまま美しく表現するのが、藝術における言葉の役割なのだが、日本語はさらに個人でのバラつきまで表現しようとする。
個人の感想はそれぞれ異なるから、そのひとつひとつに對應して別々の言葉を選べるやうに、日本語の語彙は擴がつていつたのである。
 英語では、「ビューティフル」から始まつて、「クール」とか「アメィジング」といつた表現があれば足りるが、日本人の感性では全然それでは滿足できないのである。
 また、音や表記に美を感じない言葉は、日本語ではない。

 再度確認されるべきことは、國語教育の理想は、〈讀まれるべき言葉〉を讀む國民を育てることだ。
 そこでいふ、〈讀まれるべき言葉〉とは、國語の規則性・歴史的經緯といつた正當性を備へ、我々が美を感得すると確信するところにあって、子孫にもこの〈美しさを傳へ遺したいもの〉でなければならない。
 水村氏は、日本語の理想像とは「遺すべきもの」と述べられてゐるのだ。小川氏も、そこに賛同してゐると思はれる。
 では、「遺すべきもの」とは何なのか。
 それは何か大切なものだ。もつとも、日本語の何が大事なのだらうか。
 まさに、「何が大事か」を、何を判断基準として、何を根據として決めるのか、それこそが重大事である。現代文學ではそこの掘り下げが欠けてゐるのである。
 日本語そのものについての考察が足りないから、日本語が劣化してゐても氣が付かない。
日本語は、かうあるべき、と、大事なところを考へないで、ただ便利だからといふだけで英語を使はうとしてゐる。
 ただし、日本語を護るということは、「昔はかうだった」といふファッションを護ることではない。
確かに思ひ出は美しい。では例へば、昔の恰好をすればそれだけで日本人は幸せになれるのか?そういふ話ではない。
 要するに、形(文法)だけ、歴史だけ、ではない日本語として日本人としての美の研鑽が求められる。そのことに現在の日本人が氣づかない限り、日本語は亡びるしかない、と小川氏は述べてゐる。慧眼である。

 昔の日本人は、日本語の何が大事なのか、といふことを攫んだ確信めいたものを持つてゐたやうに見える。
 だからこそ、日本語の良さを潰さずに、外來語である漢字・漢文を取り入れることに余裕があつた。
 英語を受容する段になつて、その餘裕が失はれたことは、日本語のみならず人類の文明全體にとつて大きな損失ではなかつたか。
(やすだ りんこ  本會常任理事、倫子塾主宰)